PIRKA Story4 -PIRKA誕生-


帰国後、僕はずっと考えていました。

僕は自分の事業にいくつかのクリアすべき条件を課していました。

少ない資本から始められること。
既得権益と競合しにくいユニークな事業であること。
世界中に広げられる事業であること。
より大規模な事業へのステップとなるような事業であること。
etc...

そして何より自分が心の底からやりたいと思える環境事業であること。

僕は環境事業を「企業の全ビジネス活動をトータルで考えた時に地球環境に対する悪影響がゼロ以下である事業」と定義していました。

これらの条件を全てクリアするのは難しく、その可能性のある事業ですらなかなか見つけることは出来ませんでした。


世界一周の時に書きためたアイデアをもとに、ちょっとアイデアを膨らませては壊して、また膨らませては実現不可能だと諦めて。。
僕は前に進めずにいました。


そんな時、僕は当時大好きだった女の子をデートに誘いました。
ただ、そのデートはあまりうまくいかず、しかもその女の子が就職のために地元に帰ってしまうことが分かり、僕は落ち込みました。


研究室に戻り、ぼーっと天井を見つめていると、ふいに自分への怒りがこみ上げてきました。

「僕は何をやっているんだ。
自分が何をすればいいのかも分かっていない。
分からない中で一歩踏み出す勇気すらない。
そんな男に魅力なんてあるはずないじゃないか。

アホか。」


怒りにまかせてパソコンに向かい、一気に書き上げた資料。
印刷したものを読んでみて、ふと「これは面白いかもしれない」と思いました。

「インターネットの力で世界中の問題と解決を可視化し、世界が自発的にきれいになるプラットフォームを創る。」

まだ当時は名前もついていませんでしたが、ピリカの原型が生まれた瞬間でした。




アイデアが生まれた翌日、僕は仲の良かった情報系の友人Sを夕食に誘い、その資料を見せました。
「おもしろいかも」
Sはそう言ってくれました。

今思えば、僕に気を遣っての一言だったのかもしれません。
でもその一言は僕にとって何より大きいものでした。

しかもSは僕に自信をくれただけでなく、その日から僕にプログラミングを教えてくれるようになりました。
年末年始、僕はひたすらPCに向かっていました。
ぶつぶつ独り言をつぶやきながらPCに向かう僕の姿は、親戚一同の目には気がふれたように映ったかもしれません。



開発はなかなか進みませんでしたが、そんな時も忙しい中時間を捻出してSが助けてくれました。
最初は教えるという名目で来ていたSですが、後半は完全に自分で開発してくれていました。


また少し遅れて同じく友人のOも同じようにして開発に協力してくれるようになりました。
彼は非常に優秀で修論を提出期限よりもずっと早く書き上げ、Sと入れ違うようにして開発に参加してくれました。



僕はというと彼らの好意に甘える形で、事業のブラッシュアップやプレゼン、協力者探しに走り回っていました。
皆忙しい中で話を聞いて下さった方は100名を超え、いろんな方を紹介して下さる方、海外でゴミを拾って来て下さった方までいました。


アイデアに自信が持てず不安になる時もありましたが、大学院を中心とした友人達の理解と応援のおかげで前に進み続けることができました。
祖父母や両親を初めとする親族も早い段階から僕の支援を決めてくれたことも、僕にとっての大きな追い風でした。


3月も終わりそうになったころ、僕のアイデアを形にした最初のテスト版
PickUpSocial(ピックアップソーシャル)
が完成。
バグだらけで、デザインもめちゃくちゃ、決して世に出せるような代物ではありませんでしたが、少しずつ前に進んでいるのを感じました。

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